ピンクと白のギンガムチェック

「幸せになってほしい」って気持ちって恋とか愛かな  X:@mikisari0910

#8 さりいちゃんが教えてくれたこと。

 

 

突然目の前が真っ暗になった。この感覚は久々だ。

 

カメラ目線をくれた一番大好きな写真

 

 

 

 

2026年3月5日、「手をつなぎながら」公演の終盤で、白鳥沙怜ちゃんが卒業を発表した。

 

 

AKBオタになってから今年で意外にも17年という時が経っているので、推しの卒業は初めてのことではない。でも予想してたとしてもそうでなくても、やっぱり悲しいものである。

正直、常に危うい感じが漂っていたことは、さりいちゃんと握手やオンラインでお話ししたことがある人であればなんとなく共感してくれると思う。(今まで何も触れてこなかったのに、卒業発表してから『そうだと思った〜』とか言っている人がいたら私が後ろ足で蹴飛ばしておきます。)

様々な媒体で語っていたように、どうやらさりいちゃんはAKBに入りたくて入りたくてやっと合格したというわけではなさそうで、それでもグループや仲間への愛が感じられたのが好きだったが、ともかくとしてどう見ても優秀で聡明で、学業との両立、時にはそちらを優先をしていた彼女が、このままアイドルをどこまで続けるのかという疑問はあった。

私がそれを如実に感じたのは、昇格した直後の12月の「ここからだ」写真会でのやり取りであった。昇格おめでとう、というこの日何百回と言われたであろう言葉に対し、「ありがとう。本当にここまで続けられると思ってなかったから……。」という予想してなかった言葉が返ってきたので、私は面食らってしまった。おいおいおい、その台詞はこれまで何度も「卒業」の二文字が頭をよぎった人の台詞じゃねーか、と思ったが、実際そうだったのだろう。でもその場でその言葉に深入りするのはなんだか違う気がして、かといってそれ以上私の中で考えても仕方のないことなので、都合よく不安な気持ちに蓋をしてこれまできたんだと思う。アイドルという存在の短命さもそれゆえの儚さも、人生の半分以上の年数オタクをやっているのだから、十分わきまえている。アイドル本人にも、アイドルという立場を抜きにした本人の人生がある。だから目の前からいなくなってしまうことに対して、いざそのときが来たら割り切って迎え撃つ覚悟はどこかに携えて抱えておくものだと思ってきた、私個人は。

 

 

 

とまあここまで冷静にカッコつけてそれっぽく語ってしまったが、

 

正直めちゃくちゃショックだし悲しい。なんで卒業しちゃうんですか、本当になんで!?!?

 

「将来有望」とかそんな陳腐な記号で語り尽くせいないほどの魅力が彼女にはあって、もっともっと「AKBやってる」さりいちゃんが見たかったよ。今日は他のメンバーを推しているファンの方も先輩メンバーもさりいちゃんの卒業に触れてくれて嬉しかったけど、明日からはきっといつも通りのAKBの日常のTL がそこにあって、でもさりいちゃんにとってのそれは今から見える先で途切れてるんだと思うととてつもない喪失感がそこにある。「青春はあっという間に散る」というけれど、あまりにもあっという間すぎやしないか?私は2025年2月の初めての生誕祭に寄せたブログに、

さりいちゃん、あなたもいつか、AKB48という肩書きが外れるときがきっと来ます。でもあなたの長い人生の中で、「AKB48の活動とそれに伴って努力した自分」を振り返ったときに誇れるように、「AKB48に入って良かった!」と心から思えるように、これからもさりいちゃんを全力で応援するからよろしくね。

と書き記した。でも肩書きが外れる瞬間がこんなに早く訪れるなんて、これを書いたときは夢にも思わなかった。来年も再来年も、あのAKB48劇場という場所でさりいちゃんの生誕祭が行われる未来しか想像してなかったし、なかなか劇場公演に出演しないさりいちゃんが、出演100回を迎えた日には何を語ってくれるんだろうかとか、さりいちゃんには未来への期待と無限大の可能性しか感じていなかった。でもそれが全部今日、潰えてしまった。目の前が真っ暗になった感覚の正体はこれでしかない。

 

卒業する理由は要するに学業との両立が難しいということなのでそれ自体は理解できる。高校でも学業を優先していきたいという彼女の意志が確固たるものだったことは容易に想像できるからだ。でも私がさっき「なんで」と書いたのは、私はもっと「AKB48の白鳥沙怜」が見たかったのに、という単なる一オタクの自分勝手な感情である。オタクはあまりにも無力だ。アイドルはファンの皆さんのお陰で、と言ってくれるが、こういうときはただ発表されたことを受け取ることしかできない。

 

思えば冒頭引用した通り、さりいちゃんが教えてくれたことがたくさんある。お披露目のときに芽生えた運命的な「好き」という決意は決して忘れないし、AKB がそういうパッケージであると理解しつつも、さりいちゃんが技術的にも精神的にも成長したことを感じれらたときの嬉しさは格別だった。それから私は典型的な内向型人間なので、元来現場で同じ属性のファンの人たちと関わるタイプではない。一人で現場に行き、推しとスタッフさん以外の人間とは会話することなく、推しとの会話内容をニヤニヤ噛み締めながら(不審者)帰宅するタイプの人間だ。それがさりいちゃんを推し始めてから、とある活動(わかる人にはわかる)を通してたくさんの人たちと関わり支えていただいたことは私の大きな財産だ。また、学業との両立を想像を絶する努力でこなしてきたさりいちゃんをとても尊敬している気持ちを原動力に、この2年間で社会人入学した専門学校が2つあって、両方とも目指していた資格試験に合格することができた。さりいちゃん is Power.

(ちなみに二つ目の資格は2月1日が国家試験当日で、試験が終わってからダッシュで秋葉原に行って「手をつなぎながら」公演の初日を見た。チェキが当たってさりいちゃんから「試験お疲れ様!」って言ってもらえて本当に嬉しかった。3月3日に合格発表があり、改めてお礼の手紙を書いた2日後の出来事が卒業発表だったことも、いつか時間が経ったときに、よき思い出として消化できますように。)

 

そして私が過去も現在も未来もさりいちゃんに対して思っていることは、「幸せになってほしい。」という感情に帰結する。私個人はオタクからアイドルへの感情は一方通行であり、それ以上でもそれ以下でもないと思っているが、この気持ちに嘘偽りはないので、節目節目でさりいちゃん本人にこれを伝えてきたように、最後までこの気持ちを伝えようと思う。

 

 

さりいちゃんへ

最後までよろしくお願いします。

 

 

 

追伸

何が、とは言いませんが現状とてつもなくバタついております(笑)関係者の皆様、何卒ご協力よろしくお願い申し上げます。